愛俐のフリー台本

フリー台本になります。声劇や演劇向けの台本を書いています。(作品を見聞きせてくださると個人的にとっても嬉しいです)※強制ではありません

羨望~二つの少女の物語~

 

ミドリとサチ、二人の少女が互いを羨ましがる「羨望」。

 

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ミドリとサチ…生まれも育ちも違った正反対の二人。

 

孤独なミドリと既婚者のサチ。幸せなのはどっち?

 

 

配役:ミドリサチシンタロウマナト 
人数:女性二名(メイン)・男性二名(サブ)
合計:男女四名 
予想時間:20分
 
 
 
(使用したら聞かせてくれると、嬉しいです)※強制ではありません
 

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 あの子は言った。


「自由で羨ましい」


は?誰が羨ましいって?

サチは、私が欲しいもの全てを持っていた。


仲の良い家族、素敵な彼氏、たくさんの友人。

私は、何一つ持っていない。

自由なのは、誰からも心配されていないだけ。

私は、高校を卒業してからはアルバイトに励んだ。


そして、二年の月日が経った。

フリーターという名のない者のまま……

大学に行ってない者の宿命なのだが、就職か結婚かをかんがえる時期は常だ。


夢もなく、彼氏もいない私にはどちらも何もない気がした。


追い討ちをかけるように、サチは結婚報告をしてきた。


「ミドリ、私ね、結婚することになったの」


私にはどうでも良いことだと思った。


なぜ、友人であるサチにこんなに冷たいのか自分でもよくわからなかった。


サチと私は、久しぶりにカフェでモーニングタイムに食事をした。


サチから誘ってきたのだ。


バイトがある私は、バイト前に朝食がてら、サチの話に耳を向けた。


サチは私に申し訳なさそうに、目を逸らしながら、結婚のことを話している。


私にはそれがまた憎たらしかった。


嬉しいんでしょ?


ならなぜ、幸せそうに話さない。





ミドリがいつも羨ましくてしょうがなかった。


クールで美人で、いつも一匹狼で。自由。


なのに、なんであんなにいつも不服そうなの?


何がそんなに気に食わないの?

 

 

……(間)

 


「サッチャン、なんかあった?」


私が下を向いてフォークを力強く握っていることに気付いたのは、彼氏のシンタロウ。


シンタロウとはもう長い付き合いだ。


「ううん、何でもないよ。美味しいね、このパスタ」 


微笑みながらそう言うと、シンタロウも微笑んだ。


いけない、今日はシンタロウの家でご飯を食べていたのだ。


シンタロウの前では、“本当の顔”を見せてはいけない。


「サチ、話があるんだけど」


きた、今日は絶対そんな気がしていた。


この日を待っていた。


この日を……



「サチ、結婚しよう」


シンタロウが真面目な顔をして、目の前にキラキラの結婚指輪を差し出す。

私のミッションは成功した。


ミッションコンプリート。


これで自由になれる。


私は目頭が熱くなるのを感じた。


別に、シンタロウじゃなくても良かった。


シンタロウのことは嫌いではない。


顔がそれなりにかっこよくて、

 

私が専業主婦でいられるくらいの年収で、

 

優しければ、それは誰でも良かった。


シンタロウを抱きしめて微笑む。


「ありがとう、シンちゃん。私、とっても幸せだよ」





「話、終わったなら、私は帰るよ。お幸せに」


サチに言い捨てるようにお会計を済まして、足早に店から出た。


もうためだ。


これ以上サチと話していると憎悪で心が汚れる気がした。


なぜ、私はこんなにもサチに対して憎しみを持つようになってしまったのだろう。


なぜ、こんな気持ちにならなくてはいけないのだろうか。


そう考えながら、今日も私はバイト先へ向かった。


風がとても心地よい。


私の汚い心を浄化してください。


サチのことを好きだったあの頃のように。

 

 

__サチとの出会いは、中学生のとき。

 


一人ぼっちの私に声をかけてくれたのがサチだった。


別に私は一人でも良かった。


孤独にはなれているから。


でも、サチは笑顔で近づいてきた。


それが私にはとても怖かった。


なんのメリットがあって私に近づくのかわからなかったけど、

 

サチいわく、友だちになるのは損得関係ないらしい。


私は損得でしか人生を歩んでこなかったから、信じられなかった。


サチは誰にでもいい顔をするから、一部の女子には嫌われていた。


でも私はそんな八方美人な彼女が好きだった。


私にはできないから。


そういうと嫌味っぽく聞こえてしまうが、これは褒めている。


誰がどう思うのかは勝手だが、

 

笑顔を誰にでもふりまけるのは簡単なことではないということを私は知っている。

 




ミドリは私の憧れだった。


思えば、私には友だちがたくさんいた。


それは男の子ばかりだったけど、私にはとても大切な友だちだった。


ミドリのことを好きな男の子はその中にもたくさんいた。


ミドリは男の子なんかに興味なさそうだったけど、

 

私はみんなに好かれるために頑張っているのに、

 

涼しい顔をして、男の子に好かれるミドリが、妬ましかった。


……羨ましかった。

 

私は、嫌われたくなくて、男女平等に仲良く接していたつもりだった。


でも、女子は気に食わなかったみたいで、私は嫌われた。


そんなとき、ミドリだけが普段通りに接してくれた。


それがどれだけ救われたのかは、私にしかわからないだろう。






サチにはいつも彼氏なのか、友だちなのかわからない男の子が周りにたくさんいた。


私は男の子が苦手。というか嫌い。


男は容姿で人を判断するからだ。


私は決して美人ではないのは知っている。


でもブスではない。


……と思う。

 


サチは、愛嬌もあって可愛くて、生まれ変われるならサチみたいな女の子になりたい。


そう思ってはいるけど、なかなか変われないのが人間なのだろう。


サチには友だちがたくさんいるから、私なんてすぐに忘れ去られてしまうだろう。


卒業と同時に私とサチの仲は断ち切られるだろう。


そう思っていた。





ミドリの美しさは私が一番知っているつもりだった。


ミドリを紹介して欲しいと言う男はたくさんいた。

 

だけど、どの男もミドリにはふさわしくない。


お前なんかがミドリと並べるわけがない。


男子からそう言われていても、私はミドリを紹介したことはない。


ミドリは、そんなチャラチャラとした男は選ばない。


ミドリが選ぶ男はきっと、爽やかな印象の心の底から優しい美しい好青年だろうな。


……悔しい。

 

 

勝手に想像して悔しがるなんて馬鹿みたいだ。


そう思っている矢先に私が出会ったのがシンタロウだった。


シンタロウは、私より五歳年上の会社員だ。


仕事のことはよくわからないけど、お金は持っているだろう財布と時計に車。


私は人よりもそういうセンサーが働く。


シンタロウとの出会いは、映画館だった。


私もシンタロウも一人で映画を観ていた。


映画を終えて、外に出たとき、目が合った。


こんな運命的な出会いだったのに、

 

このとき私の中に、ミッションが命じられた気がした。





サチは卒業してからもよく遊びに誘ってくれた。


サチのおかげで孤独は感じなかったけど、

 

サチがいるから焦燥感も味わうことになるのだ。

 

大学にも通っていて、彼氏もいるサチは

私の悩みなんてわからないだろうと半ば諦めていた。


感じなくてもいい感情を抱きたくない。


面倒くさいし、そんなことで疲れたくない。


私はこれからどうしたら良いのだろう。


資格でも取って就職してしまおうか。


婚活サイトに登録して、若さだけを売りにして、適当に結婚してしまおうか。


何事もそんな上手くいくはずはない。

 

私の願いは何なのだろう。


夢を追い続けて叶える気持ち良さはどれほどなのだろう。


好きな人と結婚できる幸福感はどれほどなのだろう。


私はこれからも、夢もなく、好きな人も出来ず、

 

このまま一生進歩のない日々を過ごしていくのだろうか。

 

そう思うとどうもやりきれない気持ちになってしまう。





シンタロウは、良く言えば運命の人だし、悪く言えば、私にカモにされた男だ。


はたから見れば、私の物語の王子様のようでもあるが、

 

私から見てみれば、ただの脇役にすぎない存在。


シンタロウが私を好きになって、結婚でもしてくれれば、

 

私はミドリへの妬ましく降り続ける黒い雨が青空のごとく晴れるような気がした。


そう簡単にシンタロウが私なんかを好きになるわけないと思ったが、

 

シンタロウも所詮ただの男子と同じ男性であり、男だった。


ミドリから羨ましいと感じてもらえればそれだけで良かった。


ミドリからの羨望の眼差しを浴びたかった。


それだけもう、やけになっていたんだ。 






バイトが終わり、真っ暗闇の家に帰る。


「ただいま」


そう一人つぶやき、

 

コンビニで適当に買ってきたおにぎりを食べながらスマホをいじる。


ソーシャルネットワークサービスを見ていたら、

 

キラキラ輝いている男子高校生を見つけた。


三歳年下だったが、私の三年前はこんなにもキラキラしていただろうかと考える。


半分も食べることのできなかったおにぎりをテーブルの上に置き、

何を思いついたのか、気が付けば三歳年下の男子高校生にメッセージを送っていた。

__こんにちは、毎日楽しいですか? 


どうせ返事は返ってこないだろうと思って、お風呂に入り、眠りにつこうとした。


しかし、すぐにその返事は返ってきた。


__楽しいですよ! メッセージありがとうございます! 


驚いた。


即レスでメッセージが返ってきた。


私は舞い上がって、こんなメッセージを送ってみた。

 

__会えませんか?


……完全に調子に乗った。


でも、絶対に会えないと思ったから送って見たのだ。


私のソーシャルネットワークサービスの写真は、愛犬の写真だ


投稿も愛犬のみの写真ばかりだった。


男子高校生が顔を見ずに会ってくれるわけがない。


怪しまれて終わるだけだ。 


__この辺に住んでいるんですか?高校生ですか?

 

あなたのことをもっと知りたいです。

そんな返答が返ってくるとは思わなかった。

私は怖くなって、返事をするのをやめた。

最近の高校生は、ネットで連絡を簡単に取って、興味を示してくれるのか。

嬉しいような、怖いような、心配になった。

しかし、彼とのメッセージは私に変化をもたらした。

試しに送って見たメッセージが、

 

まさか返信を得ることになるとは思ってなかったからだ。


行動を起こした者には、何か得るものがあるのかもしれないと感じることができた。





シンタロウと結婚して、晴れて憧れだった専業主婦になった。


ミドリとは、あのカフェ以来会ってはいない。


せっかく結婚報告をしたのに、ミドリの感情が読めなかった。

 

私も、ミドリに羨ましいと思ってもらえるかもしれないってときに、

 

シンタロウとの結婚が何か悪いことをしてしまったことのように感じてしまった。


それがミドリに懺悔(ざんげ)をしているような気持ちになって、

 

自慢げに報告することができなかった。


それがどうも心残りだ。


私が連絡しなければ、ミドリと会うことはもうないだろう。


高層マンションのベランダから青空を見てふと思う。


__私はこれで良かったのだろうか。


言ってしまえば、ミドリのために結婚したようなものだ。 


ミドリからの羨望の眼差しを浴びるために……


いやいや、そんなことはない。


もう就職しなくても良いこの環境に、シンタロウに感謝しなくてはならない。


シンタロウとの子どもを産んで、幸せに暮らそう。


シンタロウとの子ども……


不安になってきた。


本当にこれで良かったのだろうか。





私は、三歳年下のマナトが気になってしょうがなかった。


高校生の彼に恋をするなんて馬鹿げているだろうか。


たった返事をもらえたくらいで恋をするなんてバカみたい。


そう思いながらも、気がつくと数日放置していた彼のメッセージに返事をしていた。


『この辺に住んでいるんですか?高校生ですか? あなたのことをもっと知りたいです』


何回も見てにやけてしまう。

あなたのことをもっと知りたい…か。

 

えっと、私からメッセージを送ったのにも関わらず、

 

返信が遅くなってしまって申し訳ございません。


私は20歳のフリーターです。

 

そんな風に返事をいただけるとは思わなかったのでとても嬉しかったです。


堅苦しいかな……


でも私にはこれが精一杯だった。


でも、数時間後。


__僕より年上の方なんですね!

 

ミドリさんってとっても真面目な方なんですね。

文章から伝わります。

 

俺、毎日楽しいですか?って

 

ミドリさんから聞かれるまで毎日を楽しいって思ったことなかったんです。

 

でも、あの時聞かれてすぐに楽しいと思えたこと、

 

聞かれるまで気づかない思いを気づかせてくれたのが嬉しくて。

 

ミドリさんってどんな人なのかなって気になってしまいました。


……素直な子。


本当に私には似ても似つかない。


そう思いながらも、私は次のメッセージを打ち込んでいた。


__年上と言ってもそんな変わらないですよ。真面目だとはよく言われます。


そう言ってもらえるとメッセージを送って良かったなと思います。


優しいですね。何通もメッセージしていただいてありがとうございました。


私は一方的に終わらせた。


これ以上関わったところで何も変わらない。


そう思った瞬間、スマホが鳴った。


__会わないんですか?俺、もうミドリさんに興味津々なんですが。



胸がドキッと心臓が震えた。

 

 

……そうだ、私が会えませんか?って言い出したんだった。


どうしよう。


急いで文章を打ち込んでいく。


__ごめんなさい。あの時私どうかしていて。

顔も見えない相手に会いたいとかどうかしていました。

君も知らない相手に優しく返事をしたらダメですよ。

なんて、私が言える立場じゃないですね。

本当にごめんなさい。


はぁ。


何をしてるんだか。


やっぱり恋愛は疲れる。


神様は私にずっと孤独でいろと言っているに違いないんだ。


母と父は私が小さい頃に離婚していて、母はいつもどこにいるのかわからない。


テーブルの上にお金だけが置かれている毎日にはもう慣れたけど、

 

感情が揺れ動くのにも面倒くさく感じる。


でも……胸のドキドキと彼のメッセージを思い出す。


こんな風に誰かとメッセージを送り合うのは本当に久しぶりだ。


何もかも面倒くさがってしまう私はよくやった方じゃないか。


なのに、なんでこんなにも寂しいと感じてしまうのだろう。


バカみたい。


涙が出そうになるのを堪えながら、洗面台の方へ向かう。



……ピロンッ♪(効果音を付ける・または読まない)


部屋の奥でスマホが鳴った。

メイクを落としている手を素早く洗って、スマホを見る。


__僕、マナトって言います。
この近くの高校に通っていて、血液型はO型。誕生日は2月1日の17歳。

 

来年18歳になります。

 

ミドリさんが気になることがあれば、教えます。

 

一度だけ会ってみませんか?

 

週末、駅前で待ち合わせして怪しいと思ったなら僕を見て帰ってもらっていいです。

 


マナトという名の彼は、自分のプロフィールと一緒に私にこんな提示をしてきた。


内心、とても嬉しかった。


こんなに心が揺れ動いたことはあっただろうか。


私は優しい提示をしてくれた彼の誠実さに乗ることにした。



そして、それから

 

何回もデートを重ねてマナトからの告白で私たちは付き合うことになった。

 

 

そんなマナトと交際するようになったのは、

 

生きているだけで良いことが起きるのかと奇跡のようなものを感じることができた。

 


心に余裕ができると、ふと、サチのことを思い出した。

 


今なら、サチの結婚を心から祝福できるかもしれない。

 


サチの話を存分に聞いてあげよう。

 


そして、マナトのことを話そう。

 

 




ミドリからの連絡には驚いた。

 


何を言ってくるのか不安に思いながら、とりあえず会うことにした。

 


結婚したら、男友達と会えなくなってしまったので、暇だった。

 


別にシンタロウは男に会うなとか細かいことを言ってくる男ではない。

 


むしろ、友人を大切にしなきゃとか言ってお金までくれちゃうだろう。

 


でも、こんなにいい生活をさせてもらっているのに遊び歩くなんて良心が痛む。

 


毎日が暇ではあるが、これが私の代償だと思った。

 


そんなことを思っている矢先にミドリからの誘い。

 


暇じゃなかったら、会わなかった。

 


会わなきゃ良かった。






「サチ、元気?」

 


「元気だよ。珍しいね、ミドリから会おうなんてさ」

 


前に来たカフェでランチをすることにした。


サチは、前より顔色が悪いように見えた。


でも、サチの左薬指のキラキラした結婚指輪を見ても何とも思わなくなっていた。


「結婚生活どう? 上手くいってないの?」


私はサチを心配して言っているつもりだった。


「は? 上手くいっているけどなんで?」


サチはいつものより甘いクリーミーカフェオレをストローで混ぜながら強めな口調で言い放つ。



「顔色が悪いから、疲れてるのかなって」

 


「疲れてるわけないじゃん、専業主婦だよ?

ほんっとうに暇すぎて、ミドリから連絡きて良かったよ」

 


サチは、イライラしているように見えた。

 


サチ、なんか変わった気がする。

 


どうしたんだろう。






ミドリは、一層美人になっていた。

 


生き生きしているようにも見えて、何か良いことがあったに違いないと感じた。

 


それを聞きたくなかった。

 


ミドリの幸福自慢は聞きたくない。

 


なのに、ミドリは、結婚生活に触れてきた。

 


私が話し始める前に。

 


前は、聞くそぶりも見せなかったくせに。

 


いきなりなんなの。

 


私は帰りたくてしょうがなかった。

 


怖かった。

 


ミドリに対して敵意むき出しだっただろう。

 

 

私にもなぜミドリがこんなに憎いと感じるのかがわからなかったけれど、

 

 

ミドリには、もっと努力して欲しかった。

 


簡単に幸せにならないで。

 


簡単に私を追い越してこないで。

 


ミドリは何も頑張ってないじゃない。

 


私をこれ以上惨めにさせないで。



 



サチがイライラしているから、マナトとのことは言いづらくなってしまった。

 


もう、サチとは仲良くなれないのだなと直感で感じた。

 


これで終わりなのだろう。

 


でも、最後に言いたかったことを言おう。

 


これだけは伝えておきたい。

 


「サチ」

 


「何?」

 


「私、ずっとサチのことが羨ましかった」

 


「…え?」

 

 

「家族との仲も彼氏も友達も多い、サチが羨ましかったの」

 

 


サチは黙ったまま俯いている。

 

 


私は一度話し出したら止まらなくなっていた。

 


「サチが、私によく自由で羨ましいって言っていたよね。私にはそれが嫌味に聞こえた」

 


まるでそんなことはないとでも言いたそうなサチの顔。

 


「サチが言う私の自由ってどういうことか知ってる?

 

聞こえは良いけど、何も大切なものがなくて、

 

誰からも心配してもらえない孤独な自由なんだよ」





ミドリと気まずい雰囲気になってしまった。



もうこのうーんと甘いカフェオレを飲んだらお会計を済まして出よう。

 


そしてもう会わなければいい。

 


そう考えているとミドリが話しかけてきた。



ミドリからの告白を受けて私は激しく動揺した。

 


ミドリが私のことを『羨ましかった』と言った。

 


私がミドリから浴びたかった羨望だ。

 


なのに、正直思ったほど嬉しくはなかった。

 


なぜ?

 

 

私は嫌味ではなく、本当にミドリの自由なところが羨ましかった。

 


努力もせずに人から好かれて、何をしても美人だから許される。

 


私がどれほど努力して人から好かれようとしたと思っているの。

 


「ミドリは、何をしても許されるの」

 


「え?」

 


ミドリは、綺麗で艶やかな黒髪を耳にかけながら聞き返してきた。

 


そんな仕草に余計に苛立った。

 

「ミドリは、贅沢だよ。これ以上何を望むの?

自分から努力してきた?

行動してもしてない人に何も言われたくないよ」

 

正直な気持ちだった。

 


ミドリは、何も努力していないくせに文句を言うからだ。

 


いつもいつも、努力をしないで手に入れる。

 


何もしないで手に入れられないことには文句を言う。

 


何も努力をしていないくせに

 

愛されていることを知ろうともしないで、

 

自分から歩み寄りもしないで文句ばかり言うミドリに腹が立った。





サチの言葉にマナトと出会う前の情景が浮かぶ。

 


私はマナトと出会う前は、確かに全てを諦めていた。

 


自分から行動して手に入れた今の恋愛は、

 

前の絶望的な気持ちは消え失せ、生きる希望さえ沸いた。

 


紛れもないそれは、あのときメッセージを送った自分の行動力だった。

 

 

私はサチの言葉に図星で何も言い返すことができなかった。


「サチの言っていること、今ならわかるよ。

 

私も最近自分から行動して、付き合えた彼氏がいるの。

 

頭も良くないし、モテるわけでもないのに、

 

自分から行動しないで手に入れようなんて傲慢だね」


サチは、私の言葉に驚いていた。



でも、何も言わなかった。

 


サチを羨ましがってばかりいた私はもういないよ。






ミドリに彼氏ができた。

 


もう自分でもこの気持ちがわからなかった。

 


私はどうしたらいいのだろう。

 


ミドリが不幸になれば、私の気持ちは晴れるのだろうか。

 


ふとシンタロウのことを考える。

 


シンタロウはどうすんのよ。

 


何のために結婚したと思ってるの。

 


もう、なんか、全てが嫌。

 


「へー彼氏できたんだ。おめでと」

 


あ、ものすごく棒読みになってしまった。

 


結局自分に彼氏ができたから、私のことを羨ましかったなんて言えるんだ。

 


ミドリと話していると自分のことを嫌いになりそうだ。





サチは冷たかったが、祝福をしてくれた。


「ありがとう、サチ。

 

サチに嫉妬することはあったけど、

 

本当に羨ましかったから、

 

これから私もサチみたいに結婚できるように頑張るよ。

 

彼は高校生だから、就職もすることにしたんだ」

 

 

マナトと長く付き合っていくにも、

 

就職を考え、バイトをしながら勉強することにした。

 


本当に私の生活は百八十度変わった。

 


考えも、未来も明るくなった。

 


全てはマナトのおかげである。





ミドリは、嫌味ではなく本当に私を褒めてくれているように感じた。

 


とても幸せそう……

 


私の行動全てが馬鹿らしく感じてきた。

 


ミドリに羨ましいと思って欲しいがために結婚したことは、墓場まで持っていこう。

 


彼氏が高校生だということに驚いたが、別にもう幸せなら何でもいいように感じた。

 


ミドリは変わった。

 


私も変われるかな。

 


ミドリのように。

 

 

参ったな、結局私が一番ミドリに憧れを持っていたのだ。

 


羨ましいのは、憧れていたから。

 


頭の片隅に、シンタロウの顔が浮かんだが、忘れることにした。

 


そして、帰ってシンタロウに今日のことを話そう。

 


本当の私の姿を見せてもシンタロウは私のことを好きでいてくれるかな。

 


ミドリのように美しい容姿ではないけど、料理だけは得意だから。

 


美味しいご飯を作って、今日のことを話そう。





サチにマナトのことを話していたら、気まずい雰囲気はいつの間にか消えていた。

 


私が今までサチに冷たく当たっていたのだと心から反省した。

 


また会ってくれるかはわからないけど、やっぱりサチと話すのは楽しかった。

 


久しぶりに学生の頃のような楽しい気持ちで帰宅した。

 


家にはいつものように一人だったが、サチとマナトのおかげで今は寂しくないよ。

 


心がとても満たされている。

 


今日のことをマナトに電話で報告をした。

 


「良かったね。ミドリちゃんの気持ちがサチちゃんにも伝わって」

 


「うん、私がどれだけわがままで悲劇のヒロインをしていたのかがよくわかったよ。

 

捻くれ者で自分のことしか考えてなかった」

 


「うん、ミドリちゃんって素直じゃないし捻くれ者だよね」

 


「……うん、ごめんね」

 


「あれれ?なんでここでいきなり素直になるんだよ。

ミドリちゃんにはもっと自信を持って生きて欲しいんだよ」

 


そう笑いながら慰められる。

 


三歳も年下なのに、年下だと感じさせない心の広さに感心する。





「サッチャン、ただいまー」

 


シンタロウと住んでいるのは高層マンション。

 


私の憧れていたマンションだ。

 


出会いは最高で最悪な始まりだったが、

 

こんな私の茶番に付き合ってくれたシンタロウには

 

ほんっとうにに心の底から感謝でいっぱいだ。



今日はシンタロウを想って、シンタロウが好きそうなイタリアン料理を作ってみた。

 


もう三年の付き合いになるというのに、シンタロウが好きなものを私は知らない。

 


それほどシンタロウ自身に興味を示さなかった証拠だ。

 


でも、シンタロウは何でも美味しいと食べてくれた。

 


私はそんなシンタロウの優しさにいつも甘えていたね。

 
 

「おかえりー」



「今日はとっても豪勢だね! 何かあったの?」

 


「日頃の感謝を込めて作りました〜」



シンタロウに今日のことを話した。

 


「サッチャンは、ミドリちゃんのこと本当に好きなんだね」

 


シンタロウにそう言われて、驚いた。

 


私がミドリのことが好き?

 


私がフリーズしていると、シンタロウは続ける。

 


「サッチャンはさ、

 

ミドリちゃんの自由で美人なところに惚れていたんだよ。

 

憧れてたんだろ? そこにとっても愛を感じるよ」

 


そうやって言えるシンタロウに好感を持った。

 


結婚をしておきながら、好感とは変な感じだが。

 


「そっかー…ミドリのことが好きで、

 

好きすぎて私はおかしくなってしまったのかもしれない」

 

 


「でも、珍しいね。サッチャンから自分の話をするの」

 


シンタロウは、嬉しそうに私の作ったリゾットを口に運ぶ。

 


私はいつも自分を隠して生きてきた。

 


良いところだけを見せてきた。

 


「シンタロウは、私のどこが好きなの?

 

私、シンタロウに本音を言ったこともないし、本当の顔を見せたこともないよ」

 

……言ってしまった。

 


もしかしたら、今日で終わりなのかもしれない。

 


シンタロウに本当の顔を見せたら、離婚されてしまうかもしれない。

 


そう思うと胸が押しつぶされるような気持ちになった。

 


「うん、知ってる。

 

サッチャンがたまに怖い顔をしてる時も、俺、ちゃんと見てたよ

 

でも、サッチャンはとっても心の優しい女性だよ。それだけで十分だよ」


涙が出そうになった。

 


「シンタロウ、好きな食べ物教えて……」

 


シンタロウは、こんな自分でも好きでいてくれるような気がした。

 


私もいつの間にかこんなにも優しさで溢れているシンタロウを

 

 

大好きになっていたんだね。

 

 




五年後――

 


マナトと私は婚約をした。

 


結婚式は、マナトが大学を卒業してからする予定だ。

 


無事、就職先も決まったようで私たちはとても安心した。

 


私は資格を活かし、管理栄養士になった。

 


夢もなかった私がなぜ、管理栄養士になったかと言うと、

 

将来マナトと子どもに健康的で美味しいご飯を作れるお嫁さんになりたかったからだ。

 


マナトは、私の夢を全て叶えてくれた人。

 


いつまでもずっと大切にしたい。



サチはシンタロウさんとの子どもを産んだ。

 


私とサチはというと、たまに会う仲だ。

 


サチの母性に溢れた笑顔を見るだけで胸がいっぱいになって幸せな気持ちになる。

 


やっぱりサチは羨ましいよ。

 


大好きな旦那さんに、可愛い子どもに恵まれて。

 


私もマナトとサチのような家族を築いていけるかな。






ミドリとは、たまに連絡を取り合っている。

 


相変わらず私から連絡を取っている。

 


ミドリから誘ってくれることもあるのだが、誘い方に慣れていないようで面白い。

 


今ならミドリとはずっと仲良くできる気がする。

 


もうくだらない感情はない。

 


大切な我が子と

 

ありのままを受け入れてくれたシンタロウをこれからもずっと大切にしていく。

 

 

__


ミドリは、



サチは、

 


だ。

(ミドリとサチ、二人で一緒に)